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“不快”と快適に過ごすことでできるようになる、17のこと

by : Six Seconds本部President Anabel Jensen  | 

2019年6月10日 | 

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感情知能EQを高めるために、どんなことができるでしょう?EQは高い方が良いと思っている人は多いものの、何が難しくさせているんでしょう?

今日のメッセージは「不快と快適に過ごす」。”不快”と快適に過ごせるようになるにつれて、自らの限界を突破できるようになり、本来の価値にフォーカスして、大きな成長へと進んでいくことができるようになります。EQ教育の世界屈指のパイオニアであり、Six Secondsグローバルネットワーク全体の President(理事長)Anabel Jensenによる記事をお届けします。

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米国本部公式ウェブサイト2016年10月18日掲載「https://www.6seconds.org/2016/10/18/getting-comfortable-with-being-uncomfortable/」の日本語翻訳です。
画像をクリックすると原文記事をお読みいただけます

社会的・感情的知能にとっての究極のゴール

最近、心理学の教え子が、日誌をこういった言葉で締めくくりました。

不快なことと快適に過ごせるようになる、という目標をセットしたいと思います。もっと人前でも話せるようになり、ただただ聞いて静かに待っているという自分の癖からの脱却にチャレンジしたいと思っています。もっと「今ここ」に意識を向けられるようになって、突発的に発生する何かに対しても寛容でありたいです。

何かがあったのでしょう。非常に意味の深い洞察力を感じました。彼女は、何かを教え、癒し、育てるという、可能性に満ちたその瞬間そのものに、未来へ続く見通しを持っていた、というだけでなく、この洞察を何かに活用しようという展望を持つところにまで飛躍していました。もっと自信を持ってもっと声を上げたい!という彼女の願望は、彼女の展望の中の一部に過ぎず、その瞬間までに得たいくつものインスピレーションという贈り物に、まさに夢中になっていました。

Wow! 私は感動しました。おそらく、この「不快なことと快適に過ごせるようになる」、これが社会的・感情的知能にとっての究極の目標と言えるでしょう。

「不快なことと快適に過ごす」ことができれば、私たちは何ができるようになるでしょう?

 

”不快”と快適に過ごせたら

  • ・いつもより長めに、難しいタスクに専念できるかもしれません。もしそれが終わったとしても、それがしっかり完了するまで、そのトピックに純粋に集中できるかもしれません
  • ・思っていた以上にもっと言うべきことがあると、気づくかもしれません。そうすることで、私の軸や世界観がもっと早く形作られるかもしれません
  • ・ずっと隠してきた感情や考えを手放すことを、自分自身に許せるかもしれません。でなければ、誰がその感情をどうにかしてくれるでしょう?
  • ・犬の鳴き声や近所での工事の騒音など周りで起こっていることに気を取らることが減り、ただひたすらに自分のやるべきことに専念できるかもしれません

物事をクリアにし、今この瞬間に焦点を絞るということが大きな影響をもたらすということは、私たちはもう十分にわかっています。自信や、注意力、散漫さ、といった全てのことには理由があります。クリアで簡潔にまとまった思考がなるべく誤解されないように、反対されないように、うまく表現をしていないかと不意に心配になることがありますが、これはある種表面的なことと感じます。

では、他に何が起こり得るでしょう?

  • ・ともすれば出会うこともなかったような、繋がりや友人ができるでしょう
  • ・日の目を見ることがないかもしれないような、素晴らしいアイデアの種をまくことができるでしょう
  • ・自分自身や自分の体、自分の感覚に感謝をしながら、人と異なるような新しいことを経験できるでしょう
  • ・そうして、色や香りといった見えないものや、部屋の空気の変化を表すような電流といった、これまで長い間気付かないでいた身の回りの非常に小さなことにも気付けるようになるでしょう
  • ・集中力と感謝する心の最も中心である「呼吸」により一層意識を払い、より深く、よりリラックスした呼吸が始められるでしょう
  • ・自分自身の呼吸が緊張感や心配事をすべて外へ運び出し、今ここに、この瞬間にいることができるでしょう

 

集中力の持つとてつもない力

こういったシンプルな方法からもたらされる明快さと集中力は、すべて、今この瞬間に純粋にただ注意を払う、と自分で決めることから始まります。これは個人の成長において、非常にわかりやすく効果的な方法の原点です。更にそういった方法こそが、私たちがより密接で、よりカラフルで、より活き活きとした関係になるためのとっておきのツールなのです。

こうして、深く呼吸をして、意図的に集中をして、散漫にならないように注意を払えるようになりました。では次に何ができるようになるでしょう?

  • ・人前で話すことについて心配しないで済むようになるでしょう
  • ・パニックになったり、我がままであるとか横柄であると思われたりすることに対する恐れを手放すことができるでしょう。そして、過去の経験や今この瞬間を、自分自身のガイドにすることができるでしょう
  • ・全ての瞬間に、今ここにある際限のない、クリスタルのような美しさを感じられるでしょう
  • ・世の中の不思議も堪能して、ただシンプルなそれそのものを受け入れることができるでしょう
  • ・全ての人が呼吸をし、何かを考えていて、何かに恐れていること、全ての人が間違いを起こし得り、不確かでもあること、全ての人―事実、すべての生きとし生けるもの―が、私自身と繋がっていることを、疑いなく理解できるでしょう
  • ・周囲の人とオープンに交わり合い、傾聴をして、もっと意見を聞き、その視点を向き合って検証していくことで、繋がりを強めたり、再確認することさえもできるでしょう
  • ・励ましの連鎖や、積極的でオープンな人々のポジティブなネットワークの一部にすらなれるでしょう

私の教え子のテクニックは非常に価値があるものです。とりわけ、2つの意味で効果的な点が非常に素晴らしいのです。
辛抱強く今この瞬間に集中している人は、気が散漫な人に比べて、より一層美しく可能性に満ちた尺度を得ています。更に、その集中した心には気を散らすような余地もなく、瞑想をしている人や、持続的な集中力を発揮できる人は万が一気を散らすような考えが浮かんだとしても、自分でそれに気づき修正することができるのです。

 

恐れに屈しない

私の教え子のケースでは、「彼女自身の持つ恐れ」が彼女の気を逸らせていました。彼女は人前で話しても、どうせ大したことでもないことを言ってしまわないかと心配していました。ですがこれは大昔から生徒に共通してよく起こっているようなことで、クラスメートの前で恥をかきたくない、という思いはみんなが持っています。ですが私の教え子はそんなことは既に理解していました。「恐れ」は気付かないこともあれば、表出することもあります。「恐れ」は、現実に対する不安を、わざわざかき乱そうとする自分自身の心の一部分が作り出しているものです。そして、この皮肉な心の一部分というのは、自分で生み出した、”いつも陥っている失敗”の瞬間が、現実化するのを楽しみに待ってさえいます。

「今ここ」のこの瞬間に十分に意識を向ければ向けるほど、きっと彼女は気づいていくでしょう。
私たちが、「今ここ」から注意を逸らし、邪念にフォーカスをしてしまった時にだけ、自分が作り出した”いつも陥っている失敗”が、現実に起こるのです。もし私たちが純粋に「今ここ」に意識を向けて、心を全て集中させ、明快で美しいこの瞬間に留めることができれば、失敗に対する心配や後悔、恐れに邪魔されることはほとんどなくなります。そして、毎秒毎秒、崇高なまでにオープンな心と共に、私たちや周りの人へ与えられる物事への準備ができていくのです。

Six Seconds本部President Anabel Jensen
訳者:COLORES 廻田彩夏

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