組織の中にある答えを探究する――中小企業の組織変革に伴走して
by : 株式会社Orangedale|夏井 晴美 |
2026年8月26日 |
私が会社員時代を過ごした約25年間、一貫して人事の仕事をしてきた中で、ずっと大切にしている人生のテーマがあります。それは、「働く人たちのエネルギーがわく場所でありたい」ということです。
私は数年前に法人を設立し、基礎講座Unlocking EQ(UEQ)をはじめとした公開講座の講師、経営層・管理職層のコーチ、中小企業の人事・組織開発のハンズオン支援といった活動をしています。こういった活動を通じて、組織の壁と向き合う多くの経営者やリーダーの方々とお会いするたび、このテーマの重みをひしひしと感じます。今回は、私がご支援している従業員100名規模の企業(以下、T社)の事例を通じて、経営者や従業員のEQ活用と、そこから育まれる組織風土がいかに組織変革の推進力になるのかを少しでもお伝えできればと思います。

はじまりは「迷い」
T社との出会いは、二代目経営者であるA社長からの気軽な相談から始まりました。
会社は順調に成長している一方で「このままでいいのか?」という迷い。
A社長自身の「自分の人生をどうしたいのか?」という迷い。
ふたつの迷いが入り交じる中、私たちは多くの対話を重ねることになりました。
あのとき私はコーチとして、A社長の自己探究をご一緒させていただきました。言葉に耳を傾けながら”間”を共にし、感じたことを互いに伝え合う長い対話が続きました。A社長の言葉の節々から「この先も継続していく会社をつくりたい」という強い想いを感じた私は、今度は組織開発の支援者として、A社長が実現したいこととその道のりを言語化してお渡ししました。
シックスセカンズのEQモデルに「活かす(Give Yourself)」というプロセスがあり、適切な行動を選択するには目的地が必要です。A社長が組織改革を行うことを決めたとき、「私は目的地に向かう」と、旗を立てた瞬間のように感じられました。A社長のどのような感情が「旗を立てる」という行動に結びついたのかはご本人に聞いてみないと分かりませんが、「今、会社も自分も変わらなければ」という思いが強くあったそうです。私自身にも新たな決意が生まれるような、「感情の繋がりを感じた瞬間」でもありました。
見たくない現実に向き合う――風土と「信頼」の現在地を知る
創業から10年以上経ち従業員数が100名を超えた頃、T社はこれまでの属人的なやり方では乗り越えられない「組織の壁」に直面していました。一人ひとりの役割や業務プロセスが「ベテラン社員の経験値」に委ねられ、リーダーは問題解決で手一杯になり、スタッフからは常に人手不足の声が上がるなど職場はいつも混乱していました。
しかし当時のT社は、従業員同士の関係性は良好である反面、会社に対しては不安や諦め、憤りといった感情が多く、会社に対する「信頼」が揺らいでいるように感じました。
従業員は自分たちの声が届かないことに困っていましたが、一方A社長も、従業員のありのままの声が届かないことに課題感を持っていました。
そこで、「従業員は、本当は何を感じ、何を考えているのか」を知るために、A社長はエンゲージメントサーベイを導入しました。サーベイを導入することは「厳しい現実を突きつけられるようで怖い」、「知りたい一方で見たくない」等、様々な感情を伴ったといいます。

シックスセカンズのEQモデルに「選ぶ(Choose Yourself)」というプロセスがあります。予測できないことに対し、不安や恐怖といった感情がわきおこることがありますが、同時に、自らの感情や組織のありのままの姿に気づく「知る(Know Yourself)」プロセスでもあり、現状を知ることは風土改善の第一歩でもあります。A社長が見たくない現実から目を逸らさなかったことが、「会社で何が起きているのか」を知る重要な手がかりになりました。
また、A社長が定量的なスコアに一喜一憂するのではなく、「従業員の生声」であるフリーコメントに着目しました。コメントはたくさん寄せられていましたが最初はその多くが批判や不満でした。A社長は全てに目を通しコメント一つひとつに返信し続けたことで、半年経つ頃には、感謝の言葉や業務改善のアイデアが多く寄せられるようになりました。
そして同じ頃、全従業員を集めた研修を行うことにしたA社長は、創業までの歩み、どのような会社にしたいのか、そのためにこれから何を行うのか等、自ら従業員へお話しされていました。
マイクを両手で握りしめ丁寧に話されるA社長。その姿をじっと見つめる従業員のみなさん。私は空気の静けさと温かさの両方を感じながら、会場の一番後ろでその姿を見つめていました。
「”一歩踏み出す瞬間”って、こんなにも静かで温かいのか。」
T社らしい歩み出しに立ち会えたことが、私はただただ嬉しかったです。
研修後には、「これから何をしていきたいか」と従業員同士が語り合う様子が自然と生まれている姿を見て、これまでの「従業員と会社とのキャッチボール」が、社内の「信頼」の土壌を再構築していると実感しました。
あえて立ち止まる――「人と組織」のバランスを整える
プロジェクト開始から約9ヶ月後、私たちは一つの壁に直面しました。組織変革について従業員からは期待の声がありましたが、思うように行動が伴わず計画が進まなかったのです。「頭で理解する」ことと、「腹落ちして動く」ことの間には大きな溝があることを実感しました。
組織風土診断「チームバイタルサイン(TVS)」が示す通り、高いパフォーマンスを発揮する組織は「人(個人)」と「組織(システム)」、「戦略(長期視点)」と「遂行(短期視点)」の2つの軸がバランスよく機能しています。T社ではTVSを実施していませんが、TVSの観点に当てはめると、属人的な優しさで問題解決にあたることが多く、「人」に寄りすぎている状態だったように思います。「何のために、どこに向かうのか?」という「組織」や「戦略」という視点はまだ十分ではないように感じました。
私は、ここで無理に計画を押し進めるのではなく、あえて一度立ち止まることを提案しました。 それが、皆さんの腹落ち感と行動につながると考えたからです。
一つは、組織の役割やありたい姿を話し合うことから始めました。考えを言葉にするのは難しいけれど、仲間に伝えることで徐々に言語化が進んでいく。そうすると、メンバーの皆さんの考えは一致しているようで少し違うことに気づく。解釈を整えることで相互理解が深まっていく。そうした対話が組織の一体感に繋がり、組織改革の腹落ち感を一歩深めたように感じました。
そしてもう一つは、管理業務を管轄するメンバーと「就業規則(その他人事関連諸規程)を読み解く会」を約半年間に渡り実施しました。条文を一つひとつ扱いながら、就業規則の役割・なぜこの条項があるのか(法律)、これらの条項を遂行している社内手続き/ルールはどれか(規則と実務の繋がり)を読み解き、日常で起こるケースと照らし合わせながらディスカッションしていきました。
もしかしたら、これまでは明確なルール/指示のもとではなかったとしても、ある目的に向かって様々な労務問題と向き合ってこられたはず。規則/規程と現場を繋ぐ対話を重ねることで、業務の重要性を再認識し、「何を手がかりに判断するのか」といった判断軸を手にされていました。これが自分たちの役割を再定義することに繋がったと感じます。
しっかりとした計画を立てたとしても、予定通りにいかないことがあります。
計画のズレを「失敗」と捉えず、柔軟に計画を修正し続けること。そのプロセス自体が、組織としての選択力を鍛え、一人ひとりの意識を変えていくのだと実感する場面でした。
組織の「らしさ」が動き出す――強みを「自律性」と成果へ繋ぐ
T社の素晴らしい強みは、困っている人を「なんとかしてあげたい」と動ける、社員同士の深い関係性(チームワーク)でした。
以前であれば、休みを取りたいという相談に対し、「長く休ませてあげるにはどうしたら?」と優しさで対応していたかもしれません。しかし現在では、自ら就業規則(その他諸規程)を参照し、専門家である社労士に相談しながら「会社としてベストな対応は何か」を自分たちで考え最適解を導き出そうとする動きが増えていきました。現場責任者から管理業務を管轄する部署への相談も増えたと言います。TVSで組織成果を支える要素の一つとされる『自律性』につながる変化であり、個人の優しさが、ルール(組織)と結びつき、結果的に組織の「実践・行動」へと繋がっているようでした。
また事業部においては、各事業部の責任者同士が自ら集まり、判断軸や指示の統一を図ろうとする動きが生まれ始めたり、「面談なんて」と反発していた従業員が今では自ら私との面談を活用したり他者にも薦めるなど、確かな変化が起きています。
こうした過程を経て現在は、管理職を中心に「組織エンゲージメントに活かすリーダーシップ」を磨く研修プログラムを実施しています。
・どのような組織にしたいのか?それはなぜか?(目的地)
・自身の関わりがどう影響しているのか?(現在地)
・何を活かし、何を変えるべきか?(道のり)
自己探究を深めながら組織の方向性に自ら答えを出し、実行に移すフェーズに入りました。
T社ならではの強みである社員同士の深い関係性(チームワーク)を力に、新たなチャレンジへと走り出しています。
旗を立てたその場所から組織は成長する
組織が成長する過程では、今までとは違うやり方に対するモヤモヤや戸惑い、不協和音といった「感情の変化」が起こります。しかしそれは、組織が一歩前へ踏み出している確かな証拠でもあると考えます。
私がその変化に対する答えを出すのではなく、「組織の中にある答えを探究する」というスタンスで企業の皆さんと向き合い、変革の道のりをご一緒させていただいています。
時には正面から向き合い、横で一緒に手を動かし、後ろから背中を押す。これからも企業と共に組織を育む伴走者であり続けることで、『働く人たちのエネルギーがわく場所』を一つでも多く創り出していきたいと思っています。
株式会社Orangedale 夏井 晴美
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