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ドラッカーが伝えたかったこと(3)マネジメント-「機能する社会」構築の方法の発見

by : 6SJ経営研究センター フェロー 今村哲也  | 

2018年11月1日 | 

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10月より連載を始めた、シックスセカンズジャパン経営研究センター今村フェローによる「ドラッカーが伝えたかったこと」。ご期待いただきありがとうございます。
 

 

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 ドラッカーは1933年にイギリスへ逃げ、1939年にアメリカへ移住した。チャーチルに絶賛された「経済人の終わり」を出版したのが1939年。その後「産業人の未来」を1942年に出しているが、彼の運命に大きな影響を与えた世界的企業GMからのコンサルの依頼が舞い込んだのが1943年秋とされる。この活動の成果は、1945年「The Concept of Corporation」(邦題「会社という概念」「企業とは何か」)に結び付く。

 GMは当時世界最先端・最良の企業だった。ここでドラッカーは名経営者スローン・Jrの知遇を得た。GMにはマネジメントの萌芽があった。ドラッカーは、自由主義経済体制の中にマネジメントを構築することによって「機能する社会・Functional Society」を構築できる可能性を見出した。

 「企業とは何か」を70年後の視点で読むと、GMという会社はこんなにうまく運用されているのか?ドラッカーの観察は非常に皮相的ではないのか?という疑問を持つ人も多かろう。いわく、「誰でも経営陣に反対できる」「現場とトップの意思疎通が良い」・・・。GMからお金をもらってレポートしたわけだから無意識的にも「あばたもえくぼ」的な見方が多少なりとも含まれているのではないか?と思うわけだ。しかしながら企業組織の役割の一つが人材育成であり、将来有望な若い人を小さな部門のトップにつけて訓練すべきとか、補佐役としていかに優秀であってもいきなりトップにつけてはならないとか、ローテーションさせて蛸壺化させるなとか、1967年の名著「経営者の条件」の主張の原型が語られていることは目を引く。

 「企業とは何か」の中にはGMで当時行われていた「マネジメント」が説明されている。分権制、言い換えれば大規模なビジネスを行うのに権限委譲を行いつつ統制を取る組織形態、そこにおける数々の方法すなわち職能別組織、事業部制、職位、職長制度、職務記述書、組織図といった道具とそれを機能させるための指揮命令、情報の共有、人材育成など、現在普通に行われている「マネジメント」の道具の多くが説明されている。今なら珍しくもなんともない制度だが、当時の一般企業にはこのようなものはあまりなかったと考えれば、ドラッカーの驚きは容易に想像できる。ドラッカーは、これら「マネジメント」を用いた組織に、ごく普通の能力を持った人たちが参加することによって成果を大きくさせている現実を見た。そして「Functional Society」の可能性を見出した。

 ドラッカーがごく凡庸なコンサルタントであれば、この報告書をスローンの気に入るようなトーンで書き上げて終わりにしただろう。ところが「企業とは何か」はスローン自身によって否定されることなった。何故か?ここにドラッカーの真骨頂がある。ドラッカーはスローンの気に入らないこと、すなわち「労働者を経営者のパートナーとして考えろ」という主張をあえて記述した。彼はマネジメントこそ、全体主義や共産主義よりはまともだが「次善の策でしかない自由主義経済体制」を最上策にする可能性があるものと判断した。そしてスローン流マネジメントにはない主張を加えたわけだ。
 
 「労働者を経営者のパートナーとして考えろ」。これこそが「機能する社会Functional Society」を生み出す基本スタンスとドラッカーは考えた。そしてその場合論理的必然性として生ずるのが、組織の目的と個人目的の究極の統合、すなわち一人一人の人が組織における個人個人の仕事を通じて自己実現を図ることができ、同時にそれが組織目的にも一致するための仕掛けが必要、ということだ。これこそが真のMBOである。

 経営者のパートナーとしての労働者というドラッカーの主張は、スローンからすれば危険思想と映ったわけだけれども、MBOがなければドラッカー自身が忌み嫌った共産主義に連なる考え方、と言われてもおかしくない。この書籍には残念ながらMBOに関わる記述はなく、それは「現代の経営」(1954年)まで待たねばならない。スローンにとってみれば、企業組織とはトップダウンによって機械の歯車のごとく忠実に動く人によって構成されるべきもの、との考え方だったから「The Concept of Corporation」は、スローンによって完全に無視された。
 
 組織で現実に行われているマネジメントは、「人を大切に」「個人の尊重」等々美辞麗句を並べていても、多くは「上意下達」。部下の成長度合いや緊急度によってこれが好ましいこともあるのは古くから知られた理論であり実務的にも正しい。これはスローン流。「組織目的と個人目的の統合」とは経営学の永遠の課題。これへの実務に耐えうる解答はほとんどない。

 MBOは日本でもごく当たり前の制度になっている。またMBOと言わなくても「目標面談」などの形式で類似型を導入している会社も多い。しかし、これらとドラッカーが唱えたMBOとは似て非なる物である場合がほとんどである。小生の駄文にお付き合いいただいてる方へちょっとだけ挑戦的な文言を記述することをお許しいただきたい。
 
もしもあなたの会社の人事部門が「MBO制度で部下に対して「目標未達」を必ず0%とつけなさい」という指示をしているとしたら、そのMBOはドラッカーの考えたものとは根本的に正反対の制度である。
 
真のMBOこそが、前述の経営学永遠の課題に対する実務上耐えうる唯一の解答、と言っても差し支えないにもかかわらず、現実はそうなっていない。

次回は「真のMBO」についてお話ししましょう。

シックスセカンズジャパン株式会社
経営研究センター フェロー
今村哲也


 

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