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情報に基づく組織について ― ドラッカーが伝えたかったこと(10)

by : 6SJ経営研究センター フェロー 今村哲也  | 

2019年3月6日 | 

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非営利組織と同時に1985年に彼は「情報の流れに基づく組織(Information Based Organization)」の存在に気付いた。この論述は雑誌や新聞などに掲載された単発的な論文をまとめた「The Frontiers of Management」(未訳)に収録され、抄訳が「プロフェッショナルの条件」に掲載されている。注意しなければならないのは日本語訳では「情報と組織」という訳語になっていることからその重要性に気付きにくい事。そして省略されているところに重要なメッセージが潜んでいることである。

シックスセカンズジャパン経営研究センター今村フェローによる「ドラッカーが伝えたかったこと」シリーズ第10弾をお届けします。

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重要なメッセージ―――それは、のちの彼の論述の中に、コンピューターの発明はインターネット技術の発展をうみだし、これこそが産業革命に匹敵する大きなインパクトを社会に与えた、とする論述と合わせて考えると、彼が残してくれた論議の限界の一つが見えてくると思える。

まず、上記論述を簡単に説明する。原文の意味は「情報の流れに基づく組織」である。書籍「マネジメント」(1973年)では職能別組織、連邦分権組織とその応用系である疑似分権組織、システム組織について論じ、これらを前提としてMBOを検討した。彼の頭の中ではこのそれぞれの形態の組織の中でMBOは機能するはずだった。しかしながら社会生態学者としてのドラッカーには更なる形態が見えた。それが「情報の流れに基づく組織」である。彼は組織における重要な情報の流れの変化に気付いた。昔は上から下に重要な情報が流れた。上位者ほど有益な情報を持っているからである。ところが情報化組織では下から上への情報の流れも重要になる。何故なら変化は組織の外で起こるから、その変化を最も最初にキャッチするのは現場だからである。しかも現場には、昔はいなかった高い専門性を持った知識労働者がいて、その変化を専門知識に基づいて敏感にキャッチし、対応することができるからである。ここに上向きの情報の流れが成立する。しかもその知識労働者が真のExecutiveであれば、「Getting the Right Things Done: 正しい仕事を成し遂げること」によってリーダーシップを発揮して成果を出すし、そのことは同時に個々人にとってみれば生きがい遣り甲斐に通じ、ひいては社会貢献に結び付き、社会は発展するからである。

成果を出すときには多くの場合にはイノベーションが必要になる。イノベーションとは「新結合」すなわち、組織内外の自分とは違った専門性を持つ人の専門知識と融合した時に生じるもの。そこに変革が起こる。だから従来の組織論でいう、組織図上の上司以外の人との結びつきが必要となる。即ち「情報化組織においては上司は選べるし選ばなければならない」ということになる。気づきましたか?仕事上のメールをするときにTO,CC以外にBCCを使ったことがない人はおそらく皆無に近いのではなかろうか。これこそが「上司は選べる」である。

ドラッカーは分権制組織を「マネジメント」では高く評価しつつ、ここでは皮肉にも旧来型組織を破壊することを推奨している。分権型組織ではMBOが本来の目的通り機能していれば相性は良い。しかしながらMBOはこれまでの組織原理であった権限と責任の組み合わせとは実は相性が悪い。知識労働者が増えれば増えるほど、また専門知識が先鋭化、多様化すればするほど権限と責任は現場になければならないからである。また、部下や周囲の持つ専門知識を理解しえない「学ばない上司」はMBOにて求められる「部下の専門知識を活用し、上司しかできない行動を起こす」ことができないからである。そしてこれにくわえて情報の流れの変化。MBOの提唱によって、旧来の組織の効率効果を高めようとしたドラッカー。生態学者としてのドラッカーであり、MBOの提唱者であるドラッカーだからこそ気づいた情報の流れの変化。それゆえMBOと最も相性の良い「情報の流れに基づく組織」が未来の組織のあるべき姿、と気づいたドラッカー。しかしながらInformation Based Organizationは、「組織図上では見た目は変わらない」と断じている。これは真実なのか?このあたりがドラッカーが残した論述の限界でもある。

1985年のダイヤモンド社版邦訳で省略された部分には、非常に重要な記述がある。「アメリカ合衆国、カナダ、日本などでInformation Based Organizationの考え方が組織に導入されると、単なる情報の中継点としての機能しかないマネジメント層は消滅させられた」との部分。ドラッカーにとってみれば、この論は取り立て新しいものではなく、旧来の分権型組織でも、MBOが正しく活用されていれば、あらゆる階層で、あたらなる価値をつけくわえることが行われる。よって「情報の中継点」だけでしかないマネジメント層というのはなくなってゆく、と考えている。知識労働者が増えれば増えるほど、当然のことだと考える。そして組織図上では旧来組織と同じだともいう。本当にそれでよいのだろうか?一部の実務家には「サーバント組織」として逆転の組織論を論じる人たちもいる。ただしそれは情報の流れにのっとった組織論では必ずしもない。また最近では「ティール組織」という概念も議論されている。但しこちらの論も、組織の存在意義をもとに全体感を持って自主的に活動するという事柄が中心であり情報の流れそのものには焦点は当たっていない。それではどんな組織なのか?

ドラッカーは亡くなるときには「フラット化する世界」を読んでいたという。このあたりにヒントがあるかもしれない。少なくとも、人組織を取り扱うコンサルタントや研修講師としては、指揮命令によってPDCAサイクルを如何に上手に回すかなどということを考えていてはむしろ組織の足を引っ張ることになるのだろう。肝心なのはドラッカーが喝破した情報の流れの変化をきちんと組織の成果に結び付けられるような、新人からトップに至るまでのリーダーシップのあり方を深めることだろう。そしてそれを支えるものこそ、ドラッカーがリーダーシップの極みと考えたINTEGRITYであり、その育成の鍵こそがノーブルゴールである。

シックスセカンズジャパン株式会社
経営研究センター フェロー
今村哲也


 

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