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ドラッカーが書かなかったこと ― ドラッカーが伝えたかったこと(最終回)

by : 6SJ経営研究センター フェロー 今村哲也  | 

2019年3月15日 | 

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これまで10回にわたり、ドラッカーの論述の解説をしてきた。最終回として、彼の論が行きついていないところについていくつか簡単に触れる。もしも彼が107歳で今も健在ならば、きっとそれらについても明確な答えをとっくに出していてくれているだろうと思いながら・・・

シックスセカンズジャパン経営研究センター今村フェローによる「ドラッカーが伝えたかったこと」シリーズ、最終回をお届けします。

    



 

(1)連邦分権制、疑似分権制(Federal and Simulated Decentralization)

アメリカ経営学の永遠の課題である「個人と組織の統合」を狙ったのが正しいMBOである、との説明は既にした。これを支え、価値を生み出すのが連邦分権組織とドラッカーは説明する。各組織とそれを構成する個人が自主性を発揮し自己統制のもとに成果を最大化することによって組織は分離方向に向かい成果を出すために連邦分権組織となる、という説明だ。この組織は、その長が人事権によって作ってゆくものではなく、組織目的と個人目的の真の統合によって自然に合目的的かつ成果最大のものとなる。だから組織単位によって自由度が高く、かつ組織同士が目的達成のために協働することがしばしばある。だから連邦分権。しかしほとんどすべての組織ではこれを単なる事業部制として把握している。自主性に基づいた運営組織ではなく、単なる上位者の恣意的な思いによる分権組織でしかない。そこで重要視されるのは、例えば上意下達の考え方や、PDCAサイクルを回すことに偏した管理職教育や、賞与の査定の説明方法としてのMBOなどだ。読者の組織でも、MBO面談の大半が査定期間の評価の議論や次の期の目標設定のすり合わせに費やしているのではないだろうか?そこには自分自身が、Executiveとしてどう成長したいのか、そこには組織としてどう関与するのか、そのことは、上司が何をするのか上司に何をしてほしいのか、その結果として個人と組織は数年後にはどうなっていたいのかの議論が入っているだろうか?
確かに真のMBOがうまく動かせればよいのかもしれない。しかし同時に組織はその維持のために、独自の好ましくない動きをする。それにどう対処して真のMBOを帰納させたらよいのか。MBOによって個人と組織を統合するのだがそれを行う人そのものと、組織そのものが、正しい動きをしていないことが齟齬を起こす原点なのだが、この点まではドラッカーは処方箋を教えてくれない。
 

(2)情報の流れに基づく組織

組織形態は、IT機器の発達によって、情報の流れに基づく組織に変わらなければならない、とドラッカーは「The Frontiers of Management」および「プロフェッショナルの条件」の中で主張する。最新の知識と変化情報は組織上位だけでなく最下部にも存在する。だからこれからの組織は、情報の流れに従って・・・すなわち下から上に対して情報が流れるときには下がリーダーシップを発揮しなければならないし、上から流れるときには上がリーダーシップを発揮する。それが専門技術(含む:経営という専門技術)を持つものの務めでもある。しかし、彼がマネジメントを紡ぎだすうえで主張した連邦分権制、職能別組織、システム組織(この3つは「マネジメント」で説明している)と情報化組織とは責任と権限の部分で矛盾するところが多々ある。しかもドラッカーは、組織図の変更までは考えていない。知識社会の進展によって、一人一人の専門性が高くなり、年齢や職位に関係なく臨機応変のリーダーが組織を引っ張る事とは、基本的には指揮命令と統制、責任と権限に基づく従来の組織とは全く異なるはずである。そして連邦分権制、疑似分権制とは全く違っていなければおかしい。だからこそ、亡くなる寸前まで読んでいた本が「フラット化する世界」。ここがドラッカー自身が解決しえなかった矛盾点である。
 

(3)Integrity

ドラッカーは、真摯さを最も大切にした。彼の語るリーダーシップの極みもここにあるとした。また、リーダーシップは学べるものとした。しかしながら、Integrityの向上の為には徳のある宗教家について数年修行しなければならないとし、簡単に向上できるものではないとした。これは大いなる矛盾である。
のちにドラッカーの影響を受けたH・クラウドにより、Integrityは次の6要素に分析された。

(1) 信頼を得る (2) 真実を見る (3) 成果を上げる
   (4) 逆境に対処する (5) 成長発展する (6) 価値観を持つ

より具体化された6要素ならばEIやポジティブ心理学の応用により向上が可能ということがわかってきている。小職が、EIに関わるシックスセカンズモデルが優れており、この会社のお手伝いをしたい最大の理由は、このノーブルゴールの部分こそがIntegrityを向上させる可能性があると考えたからである。

連邦分権制、疑似分権制の所でも記述したが、組織は自己保全と維持のために時として理想に反する行動を人にとらせる。直近の例でいえば、コンプライアンスの立派な制度がありながらなぜゴーン氏の行動を抑制できなかったのか、また間違っている事と知りながらなぜ「毎月勤労統計」の集計方法が放置され続けてきたのか。Integrityを要素分解すれば「徳のある宗教家のもとでの修行」でなくても向上することは可能と考えたいが、組織には時としてそれを超える動きをすることがしばしばあるのはビジネスパースンなら経験があろう。いわゆる「長いものには巻かれる」行動。山本七平氏の40年も前の「空気の研究」がまた売れているし、慶應義塾大学菊澤研宗教授がこのあたりを別角度からとらえた研究をしているが、現場を大事にしたドラッカーならどう答えてくれるか・・・・ぜひ知りたいところだ。
 

(4)知識労働者とエグゼクティブ

ドラッカーは知識労働者を

(1) 成果が主として質 (2) 成果は質と量 (3) 成果は主として量

の3種類あるとして、幅広くとった。しかしながら成果を上げるのはこの3者の中で「成果につながる意思決定ができる人」として、そういう人をエグゼクティブと定義した(企業でいう役員のことではない)。極論すればその専門知識故に新人であってもエグゼクティブとなりうるし、知識を持たず学ぼうとしないトップは単なる知識労働者であってエグゼクティブではない、とした。ドラッカーはその背景の中でエグゼクティブになるために5つの習慣的行動(Practice)であるとし、誰でもがエグゼクティブになれると主張する。現実が残念ながら習慣的行動をとる人はそれほど多くない。「The Effective Executive」という名著が、そのやり方を示しているにもかかわらず。なぜなのだろうか?

「働き方改革」が叫ばれてずいぶん時間がたつ。小生は単なる「生産性の向上」ではないと思っている。まして「残業時間の短縮」は結果のひとつに過ぎない。自分が最も得意とすることを、組織目的と統合して思う存分活用できること。そしてよきメンバーに支えられること。これらができていれば誰でもエグゼクティブとなるし、その際には、長時間働いても、精神エネルギーが奔出するため、疲労感は極小化される。まさしく本来のMBOの世界。なぜこういう風にいかないのか。「The Effective Executive」という生産技術があってもである。ここにドラッカーが言い足りなかった部分があるのではないか。それこそがドラッカー流マネジメントとリーダーシップの融合点である。ここは説明してくれない。

とはいえ、知識労働者として、知的生産性を高める手っ取り早い方法論であるはずのこの書籍が「働き方改革」の掛け声にもかかわらず、読者が拡大しているという話は聞かない。上田敦生氏も鬼籍に入られた。この書籍の邦題名を真の意味を示すものへ変更すべき時期に来ているのかもしれない。
  

以上11回にわたって、ドラッカーの論述を俯瞰してみた。勉学不足と表現力不足の為、不十分な説明となっていることをご容赦賜りたい。また、思ったよりEIとの関連が掘り下げられていない。浅学ゆえのこととこれもご容赦をいただければ幸いです。

最後にこのような機会を与えてくださった田辺様、勝又様、須澤様(シックスセカンズジャパンメンバー)に、感謝申し上げる次第です。

シックスセカンズジャパン株式会社
経営研究センター フェロー
今村哲也


 

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